ワインをより楽しむためのメディア

SHARE

生産者インタビュー〜岡山県倉敷市のワイナリー GRAPE SHIP(グレープ・シップ)松井 一智〜

マスカット・オブ・アレキサンドリアでワイン造りへの挑戦

独立してから3つのヴィンテージをリリースしてきましたが、振り返ってみて感じることはありますか
松井:

独立して僅か3年ではありますが、初年度に関しては私自身の研修期間を含めても体験したことが無い程に厳しい年でした。

加藤:

2021年は降水量が多かった年だと記憶しています。具体的にはどのような年だったのでしょうか。

松井:

8月頃に線状降水帯が発生し、集中的な雨に見舞われました。その結果、8月中旬頃は梅雨のような季節感がありました。このため、ぶどうの収穫量も少なく、水分を多く含んだぶどうからワイン造りをすることを余儀なくされました。

加藤:

前途多難なスタートになってしまいましたね。そのような状況で造られたワインは、どのようなワインに仕上がりましたか。

松井:

最大限の努力をしてワイン造りを行いましたが、正直なところ、自信がありませんでした。しかし、リリース後に多くの喜びの声をいただけたことで、自信を持つことができました。困難な状況でも皆様に喜んでいただけるワインを造ることができたと実感が持てました。2021年の初年度は天候に恵まれませんでしたが、その経験が技術と心を成長させる機会だったと思います。自然現象にはどうしようもない側面がありますが、この経験を経たことで、これからどんなことが待ち受けていても心が折れることはないと確信しています。

マスカット・オブ・アレキサンドリアを簡略して表現するとしたらどのような言葉が浮かびますか
加藤:

難しい質問だと思います。よく言われるのが、ピノ・ノワールは「エレガント」、リースリングは「華やか」など…一言でぶどうの特徴を表現することがあります。では、マスカット・オブ・アレキサンドリアについて、お客様にどのように伝えるとしっくりくると思われますか?

松井:

そうですね…マスカット・オブ・アレキサンドリアでワイン造りができると思ったきっかけは、その「香り」です。日本人の多くは「白ブドウ」と言えば「マスカット」を想像すると思います。それには、日本人が好む香気があるからだと聞いたことがあります。そのため、マスカットは日本では食用として広く普及しました。

加藤:

初耳です。では、やはり表現するとしたら「香り」にフォーカスして表現されるということでしょうか?

松井:

そうですね。もう少し補足しますと、今から約130年以上前に、この岡山でガラス温室でのマスカット栽培が成功してから長い歴史があります。並々ならぬ努力をしてマスカットの歴史を紡いできたように、我々のDNAにもマスカットの香気は刻まれているように思います。ですので「自然と身体に染み込むような優しい香り」と表現できるのではないでしょうか。

加藤:

素晴らしい表現だと思います。早速使わせていただきたいと思います(笑)

醸造や栽培において大切にしているポイントやこだわりがあれば教えていただけますか
松井:

より健全なぶどうを栽培して、今は安定した品質のワインを供給することを心がけています。

加藤:

日本ワインは需要と供給のバランスを保つのが難しい側面もありますからね。岡山県は「晴れの国」とも呼ばれていますが、他県と比べて雨の影響を受けにくいのでしょうか。

松井:

そんなことはありません。いくら降水量が少ないとはいえ、梅雨の時期もありますので、他県の生産者の方々と同様に病気には細心の注意を払っています。以前はボルドー液※3を散布していましたが、今は極力使わないようにしています。その結果、病気になったぶどうは健全なぶどうに接触しないように除去するので、収量で調整することになります。

加藤:

今までのお話を聞いているときにも、松井さんの手に注目してしまいました。その手からも日々の努力が見て取れます。畑仕事は何人体制でされているのでしょうか。

松井:

畑は私をはじめ、家族とスタッフを含めて5名で管理しています。障害者支援施設の方々にも働いていただいており、このチームは私のワイン造りに必要不可欠な存在です。虫を取り除く作業も手作業ですし、早朝から夕暮れまで畑の中にいることもあります(笑)やれることは全てやりたいと思っています。

加藤:

私は自社輸入の生産者に会いにブルゴーニュに行った際に、ヴィニュロン(ぶどう栽培兼ワイン醸造農家)の方々にお会いしますが、松井さんは特に「ヴィニュロン」という言葉が似合いますね。では、醸造に関してはいかがでしょうか。

松井:

醸造に関しては、奇をてらったワイン造りは避けています。見る人によっては、亜硫酸完全無添加が奇をてらった造りに見えるかもしれませんが…先ほどの話に戻りますが、今は安定した品質のワインを提供することを大切にしています。今後、ワイナリーが成長し、ワインの種類を増やすチャンスがあれば、お客様の要望に応じた新しいワイン造りを検討したいと思います。

加藤:

ワイン造りに対するこだわりを随所に感じました。特に醸造以上に、栽培に対してのこだわりが伝わってきました。ワイン用ぶどうだけでなく、食用ぶどうも手掛けるぶどう栽培家としての並々ならぬ努力がうかがえます。

※3 ボルドー液とは…化学的な成分を含まない溶液で、カビ由来の防除薬として100年以上前から農業用途で世界中の畑で広く使われています。オーガニック農法やビオディナミ農法でも散布が認められています。

普段、ご自身の造るワインも飲まれたりしますか
松井:

自分のワインはリリース前はよく飲みますが、リリースしてからは誰かと一緒でないと飲まないかもしれません。

加藤:

リリース前に最終確認を行うように飲まれるということでしょうか。

松井:

そうですね。開けた1本を時間をかけて経過観察するように飲んでいます。この前、小公子を開けましたが、3週間経過してもまだ美味しく飲めるので、継続して経過観察しています。小公子はアルコールが14%と高く、ボディ感も強いので、開封後も長持ちするのだと推測できます。一方で、1日で飲み切ってほしいワインもあるので、そういった情報も伝えられるようにしていきたいと思いながら飲んでいます。

加藤:

とても大切なことですね。私も仕入れるワインをテイスティングする立場なので、開けた後の管理や飲む温度帯、合わせる料理など、お客様に提供できる情報をより多く提示できるように心がけています。ワインを生業としていると、スイッチをオフにしないと気楽にワインも楽しめないですよね(笑)

松井:

日頃、何も考えずに楽しむのであれば大手メーカーのビールが一番です(笑)

GRAPE SHIPの外観

醸造所に関して-GRAPE SHIP 松井氏のコメント-

醸造所GRAPE SHIPを建てるにあたり、私たちにはある願いがありました。それは木製の材料を主軸にすえた建物にすること。瀬戸内の太陽、船穂の大地の恩恵から生まれるぶどう。そのぶどうから醸すワインは、無機質な建物ではなく、温かみを感じる木に囲まれた場所で、なんとしても作りたかったのです。外壁にもある思いを込めています。自然の息吹が聞こえてくるこの土地にずっと暮らしていくからこそ、醸造所を山々のなかに溶け込ませたい。周囲の素晴らしい景観をそこなわない外観にすべく、ニ色の木材をランダムに散りばめました。ここは私たちの出発の地でもあると同時に、これから長きに渡り素晴らしいワインを世に送り出すための、かけがけえのない場所。唯一無二、代わる場所はありません。だからこそ、核となる醸造所は船穂という土地に寄り添うものを目指しました。

またワイン作りのために、建物には中ニ階を設置しました。私たちには、ぶどうが持つ「素」の魅力と味わいを大切にしたいという信念があります。そのためにワインを移動させる際に、ポンプを使わずに重力を使う方法「グラビティー・フロー」を行えるようにしたのです。「グラビティ・フロー」は、ポンプに比べると移動の際の衝撃が少なく、負荷をあたえないのが特徴です。だからこそ、ぶどう本来の味を引き出すことができるのです。

そんな願いを細やかに汲み取ってくれたのは、倉敷市児島にある建設会社、藤原建設さんでした。実は棟梁とは、高校生の頃からの友人です。彼がいなければ、理想を実現することはできませんでした。感謝してもしきれません。普段はなかなか面と向かってお礼を言えませんが、彼と巡り会えたことは、人生最高の出会いだったと思っています。

今まで私たちを応援してくれる人達がいたからこそ、新たなる航海へと旅立つことができました。周囲への感謝の気持ちを決して忘れないように、ぶどうとワイン造りに真摯に向き合っていきたいと思います。美味しいぶどうとワインを造り続けること、届け続けること。それが何よりの恩返しだと信じています。