ワインをより楽しむためのメディア

SHARE

生産者インタビュー〜岡山県倉敷市のワイナリー GRAPE SHIP(グレープ・シップ)松井 一智〜

新たな姿でマスカット・オブ・アレキサンドリアと出会ってほしい

岡山県で伝統のあるマスカット・オブ・アレキサンドリアを栽培し、継承する役目も担っているように感じます。興味を呼び起こすために、どのような取り組みとメッセージを届けたいですか
松井:

私は、マスカット・オブ・アレキサンドリアがもっと広く世間に浸透してほしいと願っています。形を変え、さまざまな入り口からでも、最終的にはマスカット・オブ・アレキサンドリアにたどり着くように考え、実行しています。

加藤:

「果実の灰でうつわを作る」もそんな思いを象徴した取り組みですね。この活動以外にも何か取り組んでいらっしゃるのでしょうか。

松井:

色々な種を蒔いている段階です。ぶどうの搾りかすでグラッパを造れないか依頼したり、岡山県はジーンズも有名なので染色家を紹介してもらい、ぶどうの皮で草木染めで商品はできないものかなど…

加藤:

ぶどう樹を燃やして得られる灰や、搾汁後に出る副産物は、通常は肥料として再利用するか廃棄されることが一般的ですよね。そのような中で、これらの資源を活用する取り組みは、とても素晴らしい取り組みだと思います。

松井:

ありがとうございます。私は、何事も無駄にしたくない性格ですので、副産物を有効活用したいと常々考えています。マスカット・オブ・アレキサンドリアがワインだけでなく、様々な形で多様なジャンルから手に取られる機会が増えることを願っています。あとは、継承するという意味では、2023年から少量ですがジュースを造るようにしています。

加藤:

先ほど、一つ気になるボトルがありました。そのジュースには、どのような思いが込められているのでしょうか。

松井:

船穂町の特産品を途切れることなく後世に継承したいという思いから、このジュースを造りました。私の娘も通う幼稚園の子供たちも手伝ってくれたこのジュースは、子供たちが描いたマスカット・オブ・アレキサンドリアがラベルに描かれています。

加藤:

とても可愛らしいラベルです。アルコールの苦手な方や若い世代にもマスカット・オブ・アレキサンドリアの魅力が伝わりそうな1本ですね。また、子供たちの未来にも受け継がれてほしいという願いが伝わってきます。

松井:

ちなみに…このジュース以外のワインラベルの中には、私の子供が描いた絵を元にデザインして採用したエチケットもあります。

有機農法で育てあげた船穂町産のマスカット・オブ・アレキサンドリアのジュース
信濃屋を知っていたのは、食用ぶどうを手掛けていたからでしょうか
松井:

その通りです。食用ぶどうを手掛けていたので、信濃屋食品を存じ上げないわけがないじゃないですか(笑)いつか信濃屋食品で、ワインだけではなく食用も取り扱ってもらえるよう精進します。

加藤:

ありがとうございます。弊社は都内に酒販店を12店舗、スーパーマーケットを5店舗構えていますが、まだまだ地方での知名度は低いと感じております。知っていただけていることはとても嬉しいです。食用ぶどうだとシャインマスカットも有名ですよね。

松井:

シャインマスカットは、高糖度で酸味も少なく、種もなく皮ごと食べられるので、特に子供たちに人気がありますね。私は就農した際にマスカット・オブ・アレキサンドリアを作ると決意しましたが、ここ船穂町でもシャインマスカットを植え始めている生産者が多くなってきたように思います。

加藤:

生産者目線では、需要が高く、高価格で売れる可能性があることから、シャインマスカットに植え替えることは理解できます。しかし、国内の生産者たちは、年々ワイン用のぶどうの調達が難しくなっていると口を揃えて話しており、それを考えるとワイン業界においては少し複雑な気持ちになりますね。

近年、日本ワインの中でもナチュラルワインが人気を集め、岡山のワイン業界も活況だと思います。今後、新規就農やワイナリーの開業がさらに盛んになることが予想されますか
松井:

岡山県内で将来的にワイン造りを目指す方は潜在的に多いと感じます。実際にワイン造りを志している方や、委託醸造で活動している方も知っています。ただ、ワイナリー開業は事業としての障壁が多いため、開業することだけが唯一のゴールではないと思います。

加藤:

そのとおりですね。山梨県や長野県などと比べると、ワイナリーの数自体は少ないかもしれませんが「ドメーヌ・テッタ」※5「コルトラーダ」※6「ラ・グランド・コリーヌ・ジャポン」などナチュラル志向の強い生産者が岡山県には多く存在するのも特徴ですよね。その間での交流も盛んなのではないでしょうか。

松井:

交流に関しては、電話などで連絡を取ることはあります。ただ…私はイベントなどに出席するのが得意ではないなので、県外との交流は少ないかもしれません。人前に出て行うようなイベントが苦手なんですよね(笑)
西日本からアルカンヴィーニュ※7で学んだ方々が、たまに帰省などのタイミングで訪れてくれることもありますので、岡山県のワインに対する印象が確かに強くなってきているのかもしれませんね。

※5 ドメーヌ・テッタの詳細はこちら

※6 コルトラーダの詳細はこちら

※7 アルカンヴィーニュの詳細はこちら

 アートスペース油亀とのコラボプロジェクト「果実の灰でうつわを作る」

アートスペース油亀の柏戸さんとの出会いは 2016 年。油亀の特別プロジェクト「果実の灰でうつわを作る」の前身となった「桃灰作器」に、私の妻が遊びにでかけたのがきっかけでした。桃の灰から生まれた作品が、一堂に会している様を目の当たりした彼女は、自分たちが栽培するぶどうの灰からも、うつわが作れるものなのかと、興味津々で展覧会を満喫。これがきっかけとなり、柏戸さんは折に触れて農園に来てくれるようになりました。剪定作業を体験、切りおとした枝を燃やす場に立ち会い、その灰を持ち帰り、全国の陶芸家の方々に届けるようになったのです。

それから時を経て 2019 年の夏。私達の育てたマスカット・オブ・アレキサンドリアの木々の灰。そこから生まれたうつわがついにお披露目される機会がやってきました。冒頭でも名前がでた「果実の灰でうつわをつくる」です。この展覧会にあわせて、私達が初めて手掛けたオリジナルワイン「M」も販売。普段、ワインを呑まない方が「M」を手にして帰途につく。自宅で呑んで美味しかったと感想をくれる。また油亀にワインを求めに来てくれる。そのことを柏戸さんから聞いたときの喜びといったら!また、私達が育てたマスカット・オブ・アレキサンドリアの灰から生まれたうつわを、初めて目のあたりにしたときの感動はひとしお。何より、油亀を訪れる人たちの楽しそうな眼差しは今でも胸にやきついてはなれません。

2020 年の夏には、再び「M」を油亀で紹介してもらいました。この時、柏戸さんは灰をガラス作家の白神典大さんに届けて油亀限定のワイングラスも制作。マスカット・オブ・アレキサンドリアから生まれたワインと、その木々の灰から生まれたワイングラスという組み合わせは、大変な注目を浴びました。

今後も、灰を油亀に託していけたらと思います。本来なら廃棄してしまうこの灰から、唯一無二のうつわが生まれる様を見届けたいと願ってやみません。