札幌から発信する家族でつくるフランス料理文化-フランス料理店mondo 小川 水美
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Profileプロフィール
小川 主水
1972年広島県生まれ。フランス料理店mondoオーナーシェフ。
エコールキュリネール国立 辻フランス料理専門カレッジを卒業後、同校フランス校へ進学。フランス、リヨン【ポールボキューズ】にて研修。その後は【志摩観光ホテル ラ メール】【タイユヴァンロブション】【ミクニマルノウチ】、そして【ミクニサッポロ】【オテルドミクニ】では料理長を務める。料理人人生を過ごすのが長かった札幌にて【フランス料理店mondo】を開店。
時を越えて続くこと
ミクニを辞めてから長く会う機会もなかったですが、数年前に20年ぶりに再会しましたね。当時一緒に働いていた方で、今もお会いしているのは小川シェフと小泉 敦子さんぐらいです。他の方々は直接の交流はないですが、今もそれぞれの現場で活躍されていると聞くと励みになります。今も小川シェフは交流はありますか。
そうですね。あの頃一緒にやってた仲間は、今もみんな頑張っています。この前も何人かとお会いしましたが、もう立派にそれぞれの道を歩んでいます。
あの時代の経験があったからこそ、今の自分があると思っています。当時の苦労は笑い話にはならないことも多いけど(笑)今では全てが糧になっています。あの時代を今振り返ると、小川シェフにとってはどんな時間でしたか。
あのお店で、あれほど多くの人と出会えたことは本当に大きな財産。当時、丸の内にはミクニしかなかったからこそ、あの場所に自然と集まってきた濃いメンバーと毎日を共にしたのを思い出します。お客様に助けられる瞬間もあれば、大切な方が来店されて気が引き締まることもあって…振り返ると、本当に「何も分からないまま必死に走り続けていた」ような時間だったかなぁ。
確かに…とにかく必死でしたね。でも、あの緊張感の中で「料理」や「サービス」を本気で学べたのは大きかったです。あの時代がなかったら、自分の仕事観も人との向き合い方も、きっと違っていたと思います。クラシカルな料理界にいらした小川シェフがこのようなレストランを開いたのはどのような思いがあったのですか。


「このテーブルで食事ができる店にしたい」と思ったのが、始まりでした。相席になっても違和感がない、自然に空気が混ざり合うような…そんな温度感のある店を考えていました。肩肘張らず、まるで自宅で料理をつくるような感覚でおもてなしができる場所。その思いがまず先にあって、店づくりは「このテーブル」ありきで考え始めました。
思い入れのあるテーブルなんですね。お店の雰囲気もこだわりを感じる部分が随所にあって…札幌に来ると必ず寄ってしまっています(笑)
家族で使っていたテーブルだからこそ、このような思いが生まれたのかもしれません。カトラリーやインテリアも夫婦でフランスへ行って、お皿や道具を一式揃えました。今でも毎年フランスを訪れては、新しいお皿や気に入った道具を少しずつ買い足して持ち帰っています。実は、家で使っていた食器もいくつかここに置いてあるんですよ。そういう身近にあったものでお客様をもてなしたい、という気持ちはずっと変わっていません。気づけば、自然と今の雰囲気ができあがっていた感じですね。時代やトレンドが変わっても、ずっと「絵皿」を使い続けているのもその象徴かもしれない。でも、それでいいんだと思っています。
ビストロらしさと家庭的な温もりが混ざり合った、心地よさがありますよね。かつては多くのスタッフと役割分担しながら動いていた時期もあったと思いますが、今のようにお一人で切り盛りされている現在と比べて、どのような違いを感じていますか。
全部が自分の責任。だからこそ、やりたいと思ったことは全てできるし、できる範囲のことは120%で応えられます。何の縛りもなく「こうしたい」と思えば、その場で形にできる。逆に言えば、お客様に何か求められても、できないものは「できない」とはっきり伝えられます。それは逃げではなく、自分にできることを誠実に精一杯やる、というだけなんです。そして、そのうえで来てくださったお客様が喜んでくれるなら、それがいちばんの「正解」なんだと思っています。

最近は減りましたが、そういった声をいただくこともありました。でも、あの料理は当時のスタッフがいて、あの調理場があって、みんなが同じ方向を向いていたからこそ生まれたものなんです。ここで無理に再現しても、その時の思い出を超えることはできないと思っています。同じレシピで作ったとしても、料理はその時々の空気や人によって味が変わるものですから…
思い出はそのまま大切にしていただいて「新しい料理として感じていただけたらいい」ということですね。
そうですね。毎日の積み重ねの中で、120%の気持ちで向き合っていれば、その日の料理が「正解」になると思っています。逆に、手を抜いたり、ただ同じ線をなぞるように作ってしまうと、自分の成長が止まってしまう。一人で店をやるというのは、まさにそういう覚悟が求められるんですよね。だからこそ、以前よりも自分に対して厳しくなる。本当に「今」が一番働いているかもしれません(笑)
確かに…当時よりも活き活きしているように感じます(笑)独立して良かったなと思いますか。
はい。ずっと大人数を率いて仕事をしてきたけれど、今、札幌のレストランでは、当時一緒に働いたスタッフ達がみんなシェフになっているんですよ。それが何より嬉しいですね…自分の役割は果たせたのかなと思うし、私が伝えたことを、彼らが次の世代に伝えてくれればいい。私が一人でやっていても、彼らはちゃんと見てくれていると思います。私が全力でやっている姿が、彼らの励みになっているのかなと思います。札幌だけではなくて、東京や海外でも活躍していると聞きます。当時、一緒に働いていた人たちは本当に頑張ってますよ。
そうですね。うちは「家族でやっている店」というイメージを大切にしていて、あえて肩書きや経歴は前に出していません。3人でやっていること、その雰囲気を体感していただきたいと思っております。初めて来られたお客様が「この雰囲気でこの料理が出てくるんだ」と驚いてくださることもありますが、そのギャップも含めて楽しんでいただけたらいいなと思っています。
確かに…私のように小川シェフの経歴を知っている方ばかりではありませんよね。何も知らずにお店に入った瞬間の温かさと、お料理が出てきた時のギャップには驚きがあるかもしれませんね。
地元のお客様も多いのですが、週末は道外からのお客様が増えています。本州から旅行のついでに調べて来てくださったり、口コミで聞いて来てくださったり…本当にありがたいです。道外のお客様とのつながりも増えてきましたし、わざわざ足を運んでいただけることには感謝しかありません。
「こうなってほしい」という期待は特にないです。それより今は仕事の関係というより「生き方」そのものを共有している感覚です。手を抜かず、嘘をつかず、怠けず、厳しく向き合う。これは私にも、水美にも、まだまだ足りない部分でもあります。私が何かを強制するわけではなく、ただ一緒に働いている姿を見てもらう。そこから自分で考え、自分の生き方を作っていってくれたらいいと思っています。
その姿をすぐ隣で見続けられることは、確かに誰よりも大きな学びになりますし、人として大切な軸が自然と育っていくように感じます。私自身も親として学びをいただいたように思います。本日はありがとうございました。
あとがき
今回のインタビューを通して感じたのは、札幌という土地から発信する「mondo流」フランス料理の存在意義。
小川シェフが積み重ねてきた膨大な時間と経験。その背中を幼い頃から見て、東京の名店で自分の軸を磨き、再び札幌で両親と肩を並べて働く水美さん。そこには、親子という枠を越えた生き方を共有する関係性がありました。
同じレシピでも、その日、その瞬間、その人の心で味は変わる。だからこそ「今日の料理を120%で作る」。小川シェフの言葉には、長い年月をかけて辿り着いた揺るぎない哲学がありました。
家にあったテーブル、フランスで出会った器。派手な演出も過度な装飾も必要としない、家庭の温度が宿る空気感が、この店にはありました。そしてこの雰囲気を作り出しているのは、家族がともに働き、120%の気持ちで札幌の食文化を紡いでいく姿勢なのだろうと感じました。
お話を聞かせてくださった小川シェフ、恵美さん・水美さんに心からの感謝を申し上げます。ご家族が生み出す札幌のフランス料理文化を、これからも見守らせていただき、体験していきたいと思います。
インタビュー:加藤 雅也/文:升田 浩輔/撮影:浦川 なお

この記事のインタビュアーは・・・
加藤 雅也 -Kato Masaya-
鳥取県出身。ホテルオークラ東京(現TheOkuraTokyo)で当時、国内随一の人気と格式のあるフレンチレストランLaBelleEpoqueにてサービスに従事。数々の海外星付きシェフのフェアなど経験し、フランス料理の神髄とサービスマンとしての振舞いを学ぶ。その後、丸の内再開発プロジェクトとしてOPENした、ミクニ・マルノウチにてソムリエに就任し、当時PP100点のボルドー ワインを全てオンリストするなどして話題に。そして若手ソムリエコンクール(当時25歳以下)にてファイナリストを経験。ソムリエとして更なる飛躍を目指し、当時パリ一つ星「STELLA MARIS」 の吉野建氏が東京にOPENした「tateru yoshino」のソムリエに就任。 現在は、信濃屋のワインバイヤーとして、ソムリエとしての経験と世界11ヶ国のワイン生産地を訪れた現地での情報を基に、ビギナーからプロフェッショナルまで楽しめるワインショップとして業界で注目され続けている。 また人と人との出会いを大切に、オン・オフのマーケットの交流とリテールに携わる人々の社会的な向上をはかり広く社会へ貢献することをモットーに日々奮闘中。