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生産者インタビュー〜徳島県三好市のワイナリー Natan葡萄酒醸造所 井下 奈未香〜

共に築き上げた未来、家族や大切な人たちとの夢を一つに…

醸造家になるきっかけは何でしたか
井下:

もともと、ソムリエとして活動していた頃に初めて見た京都丹波ワインの畑に感銘を受けたことが、キッカケだったのかもしれません。ワインが好きで、日々カウンター越しにお客様と味わうこの液体が「畑でできる農作物」だということをお客様に伝え続けることが、ソムリエとしての私の使命だと感じました。

加藤:

日本のソムリエ全員に届いてほしいですね(笑)

井下:

その後、飛鳥ワインで葡萄栽培に参加させていただけるようお願いし、ますますワインにのめり込んでいきました。その際、当時ヒトミワイナリーでワイン造りを行っていた岩谷さんがアンフォラでワインを醸造している噂を耳にし、すぐに見学に行きました。ヒトミワイナリーでお会いした際、岩谷さんが丁寧に自らが造ったワインを説明してくださった様子は、今でも鮮明に覚えています。

加藤:

心が原動力のようにすぐに行動に移されますね…そこでどのような感想をお持ちになりましたか。

井下:

その時、とても嫉妬したのを覚えています。私はワインが好きでソムリエの資格を取得したにも関わらず「醸造家とワイン」の関係性に入り込む余地がないことを痛感しました。岩谷さんが、理想の味わいを造るための醸造方法や熟成方法を丁寧に説明され、出されたワインに対して私はただ「そうですね…」としか言えませんでした。その経験が私に醸造家になる決意を固めるキッカケとなりました。私もワインと同じような関係性を築き上げ、最後の時を迎えたいと強く思いました。

加藤:

そのワインに対する「愛」が醸造家としての原点なのですね。

なぜ徳島でワイナリーを開業されたのですか
井下:

醸造家になる決意をした際、自分の人生設計を深く考えました。人生においてワインともう一つ大切にしている思いがありました。それが「生きづらさを抱える青少年の支援」でした。もともとチャリティーワインはいくつかバーで提供していたので、その中の※8ブリケッラ農園に行けないかと考え始めたのです。

加藤:

社会になじめない青少年を受け入れる取り組みを行なっているブリケッラ農園に関心があることは存じておりましたが、ブリケッラ農園はイタリアですよね…そこから徳島へはどのような経緯だったのでしょうか。

井下:

私の中ではもともとイタリアへ移住する予定でした。ワイナリーを運営しながら支援活動を行っている生産者は他にもいますが、ブリケッラ農園の場合、ご主人が日本人であることが、英語が得意ではない私にとってイタリアを訪れる後押しになりました。言葉が通じれば、いきなり行ってトイレ掃除からでも始めさせてもらえるかもしれませんし、あわよくばワイン醸造に携わる機会があるかもしれないと思い、イタリアへ移住する準備を進めていました。実際に何度かイタリアを訪れながら人脈を築き、娘が小学校に進学するタイミングでイタリアへ移住する決意を親族や娘たちにも伝えていました。もうすぐイタリアへと思っていたそんな折、家族になろうと言ってくれる方と出会い、頭を悩ませたのです。しかも、徳島で…(笑)

加藤:

家族を持ちながら夢を追いかける境遇はとても興味深いですね。イタリアへ行くというご自身の夢と家族、どのような結末を迎えることになったのでしょうか。

井下:

私は離婚も経験して、すでに子供が二人いました。家族になる申し出を受けた際は、嬉しい気持ちももちろんありましたが… 自分の人生計画を投げ出してまでもう一度結婚する気にならないじゃないですか。でも、やはり一番は、私に何かあっても子どもたちを守ってくれる人がいてくれること。「家族を守ること」と「自分の人生を守ること」その二つを叶える方法は、私が徳島でワイン造りを目指すことだと考えたのです。ゼロからつくる方がおもしろいですしね(笑)なので、葡萄畑をさせてくれるなら徳島へ行きますと言いました。主人も快諾してくれ、2014年に移住し農地の開墾を始めることになりました。

加藤:

重要で貴重な経験談をお聞かせいただきありがとうございます。素晴らしいエピソードですね。

※8 ブリケッラ農園の詳細はこちら

北海道は「ピノ・ノワール」山梨は「甲州」のように徳島を代表する品種と成り得るポテンシャルを秘めた葡萄は何だと感じていますか。またその理由もお聞かせください
井下:

開業当初は、葡萄の適性を見たり、自分が飲みたいワインを目指して葡萄を植えていました。その経験の中で徳島県三好市は、酸を残すのが難しいと感じているので、元々酸度が高い山葡萄系に特に注目しています。

加藤:

確かに山葡萄系は酸味が特徴ですから、酸味を補填できるポテンシャルがありそうですね。徳島県はどのような気候が特徴ですか。

井下:

徳島県三好市は瀬戸内海気候に属します。四国は島国の中の島国と言われており、四県それぞれ異なる気候が特徴です。小さな地域でも気候の多様性があり、それが四国の魅力の一つだと感じます。気候条件を考慮しても徳島県三好市は、やはり山葡萄系品種の特性を生かして育てていきたいなと思っています。もともと四国で育てられてきた葡萄品種に着目して、それを活かしてワインを造ることが、私たちが徳島でワイナリーをする意義の一つだとも考えています。

加藤:

年々経験を重ねて円熟味を増していくでしょうから、これからのワイン造りもとても楽しみにしています。