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生産者インタビュー〜徳島県三好市のワイナリー Natan葡萄酒醸造所 井下 奈未香〜

「and love」に込められた思い

ワインに興味を持ったキッカケはありますか
井下:

ワインバーで働いている時に、まだまだ駆け出しでワインを知らないながら衝撃を受けて書き留めたワイン名が「プリミティーヴォ・ディ・マンドゥーリア」でした。当時は※9ファルネーゼが造っていたと記憶しています。

加藤:

南イタリアを代表する生産者なので、ファルネーゼのワインを飲んだことある方も多いかもしれませんね。味わいでワインに興味を惹かれたのでしょうか。それとも別の要因があったのでしょうか。

井下:

味わいで言うと、その翌年ぐらいには、そのワインを飲んでも衝撃を受けなくなってしまいました…その後、エディツィオーネというワインに出会い、同じような衝撃を受けました。「エディツィオーネは複数品種のブレンド」に対して「プリミティーヴォ・ディ・マンドゥーリアは単一品種」。そこから興味を掻き立てられて詳しく調べてみると、当時「プリミティーヴォ・ディ・マンドゥーリア」にも「エディツィオーネ」と同じ古樹を使った葡萄が使われていて、その事実に衝撃を受けました。その後、古樹が植え替えられたことを知らずに、ある年からエディツィオーネの味が変わったのを感じ、ファルネーゼを訪問した際に伝えたところ、昨年に古樹を植え替えて、そのヴィンテージから樹齢が違うことを知らされ、ワインの魅力に更にのめり込んでいきました。

加藤:

ワインは本当に奥深いですよね。最初のキッカケはファルネーゼだったとのことでしたが、当時から立場も経験値も変わり、ファルネーゼ以降に印象に残っているワインはありますか。

井下:

ずっと忘れられないワインがあります。岩谷さんが島之内フジマル醸造所にいた時に造っていた「カフネ」というワインです。カフネには「愛しい人の髪を手で解く仕草」という意味があり、その味わいは本当に優しく甘やかな香りが広がり、親しみやすく、ずっと余韻が邪魔にならないような優しさで寄り添ってくれました。美味しいワインは無数にありますが、心をほぐされるワインに出会うのはなかなか難しいものです。しかし「カフネ」は私だけでなく、ワインショップで扱っていた当時、お客様にも同じ感動を与えていました。何人もの方がリピートで購入し、お客様からは「もう忘れられない」との声が多く寄せられ、一気に完売してしまいました。

加藤:

そこまで言われると飲んでみたくなりますね…岩谷さんに同じワインをもう一度作ってくださいとお願いしてみて下さい。

井下:

「またいつか出会わせてくださいね」と伝えています(笑)

※9 ファルネーゼの詳細はこちら

信濃屋のワイン専門店-Shinanoya Wine-で取り扱っているワイン

左:内田さん 中央:井下さん 右:信濃屋 加藤
ワイナリーから発送される段ボールに直筆のメッセージを書いてくださいますが、 どのような思いを込めてメッセージを書いているのでしょうか
井下:

メッセージは内田が書いてくれています。私たちがワイナリーを開業する際に決めた理念があります。それが看板(ロゴ)にも書いてあるんですけど「and love」です。この理念はワイナリーを始める際、私が決めて会社代表と内田に話しました。ワインショップをしていたときに、郵送するワインに毎回「ワイン and love」と書いたことがキッカケです。その思いで今でも、自然に対しても醸造に対しても愛をもって接する。そして、接客においても「and love」の精神をもって、愛をもって接客することを社内で共有しています。ですので、梱包の際も一度、手を留めてその先に居るお客様へ届くように愛を込めて書こうね、ということになりました。

Natan葡萄酒醸造所のロゴ
実際に信濃屋に納品された段ボール
加藤:

素晴らしい理念ですね。私共も店頭販売、オンライン販売も行っておりますので「and love」精神を見習いたいと思います。ありがとうございます。

結婚を経験してお子様もいらっしゃいます。上手にワークライフバランスを保つコツはありますか
井下:

内田と私は関西出身で友達みたいな感覚があるので、一緒に作業するときは共通の趣味や関西の美味しいお店などのことを話して盛り上がり、それが良い気晴らしになってます。

加藤:

職場でそんな関係性が築ける仲間がいるということは心強いですね。

井下:

そうなんですよ。あとは、頑張りすぎないことも大切だと思います。私の経験から言えることですが、シングルマザーになった時も、子どもたちとこれから3人家族になる時にも、1つだけ家族で決めたのが『頑張りすぎない』ということでした。もう頑張っているので…みんなが頑張っていることを認め合っているからこそ、家族の中でも頑張りすぎないことが大切だと思います。

加藤:

私も今日から頑張るのを辞めたいと思います(笑)

女性ワイン醸造家としての経験や現在に至るまでの歩みを振り返りながら、 今を生きる女性たちに向けたアドバイスはありますか
井下:

私なんかがアドバイスするのはおこがましいかもしれませんが…

加藤:

そんなことないですよ。女性が活躍できるフィールドが広がるかもしれませんし、ワインは楽しそうな飲み物だなと感じてくれる方もいらっしゃるかもしれません。今は、そんな声が求められていると思います。

井下:

私は、男性と比べると女性の方がより多様な人格を持っていると感じています。お母さんであり、一人の女性でもあり、様々な人格が共存しているなと思います。そこで、自分の中で人格を分離することを憂うのではなく、むしろそれぞれの時間を楽しむことが大切だと思います。例えば、お母さんとしての時間にはカジュアルなラベルのワインを楽しむこともありますし、一人の女性としての時間には仕事帰りに晴れの日に合わせたワインを楽しむこともあります。女性特有の分離を楽しむことも、ワインならではの選択肢の一つだと思います。

加藤:

私も共感できる部分もありますが、弊社のカメラマン(女性)がとても頷いているので、女性には更に共感できるご意見だったのかなと思います。活字にしてもしっかりと思いが届けられるよう、頑張りたいと思います。

仕事での信条はありますか
井下:

それこそ「and love」です。

加藤:

インタビューも終わりが近づいているような流れを察してくださり、ありがとうございます(笑)先ほどのお話から、信条がよく伝わってきました。支援施設の併設を検討している話を聞いたことがありますが、その内容は具体的にはどのようなものなのでしょうか。

井下:

水面下で進行中です。支援施設を建設するには、まだまだクリアしなければならない段階があるため、先の話にはなりそうですが…ただ、自分が思い描く形で何が一番いいかなと考えた時に、生きづらさを感じている女性の支援をしたいと考えています。

加藤:

なぜ女性の支援を考えているのでしょうか。

井下:

それは、子供を産む可能性がある女性の母性や心のケアを通じて、児童虐待が減るきっかけになれればと思うようになったからです。10年後や15年後には、ワイナリーが落ち着いた頃に、大阪の繁華街から少し離れた場所でスナックを開くことを考えています。

加藤:

ワイナリーを持ちながら、スナックの経営をされるのは初めての試みになるのではないのでしょうか。新しい挑戦になるかもしれませんね。

井下:

これからは、5年後や10年後を見据えて後継者も育て、Natan葡萄酒醸造所を未来に繋げていかなければならないと考えています。スナックを経営することも新しい私の拠点であり、現在も社会福祉や心理学について学びを深めていますが、悩みを抱える女性たちと社会資源を適切に繋げ、アウトリーチとしての拠点を設置することができれば理想的だと考えています。

加藤:

そこで日本ワイン生産者の集いも開催できれば、業界内の交流が広がり、さらなる発展が期待できる素晴らしい考えだと思います。今回は、自身の体験談を快くお話しくださったことに、心から感謝しています。今回のお話は、きっと誰かに力を与え、ワインを通して人生を楽しむことの学びがあったように感じます。貴重なお話を本当にありがとうございました。

あとがき

今回も以信伝心をお読みいただき、ありがとうございます。今回のインタビューでは、ワインの魅力を紐解く生産者の思いと共に、今を生きる女性生産者の強さと、ワインへの新しい入口をお届けできればと考えていました。Natan葡萄酒醸造所のメッセージからは、未来に進むためのエネルギーと、今を楽しむ女性らしい感性が溢れていました。

Natan葡萄酒醸造所は、ワインに興味を持っていない方や、今を生きる女性に対するメッセージとしても、ご自身の体験談を元にどんな困難にも立ち向かい、自分の夢や目標を追求することができる。そして、それを実現するためには「頑張り過ぎず」「and love」の精神を持って前に進んでいくことの重要性を教えてくれました。

このインタビューを通じて、Natan葡萄酒醸造所の方々がそうであるように…私たちは自分自身だけではなく周囲の人々に対する愛と思いやりを持ちながら、困難な状況を乗り越え、ワインを通して人生に喜びと希望を与えられることを学びました。Natan葡萄酒醸造所の思いが、皆様の心に響き、ワインライフを楽しむ一助になってくれることを願っています。

最後に、インタビューにご協力いただいたNatan葡萄酒醸造所の井下さんと内田さんに深く感謝申し上げます。次はワインを片手にお話ができる日を楽しみに待ちたいと思います。

インタビュー:加藤 雅也/文:升田 浩輔/撮影:浦川 なお

信濃屋のワイン専門店-Shinanoya Wine-で販売している
Natan葡萄酒醸造所の一覧はこちら

Natan葡萄酒醸造所

〒778-0002 徳島県三好市池田町マチ2187-7連絡先:0883-87-8688

営業時間:9時00分~16時30分

定休日:土日祝

この記事のインタビュアーは・・・

加藤 雅也 -Kato Masaya-

鳥取県出身。ホテルオークラ東京(現TheOkuraTokyo)で当時、国内随一の人気と格式のあるフレンチレストランLaBelleEpoqueにてサービスに従事。数々の海外星付きシェフのフェアなど経験し、フランス料理の神髄とサービスマンとしての振舞いを学ぶ。その後、丸の内再開発プロジェクトとしてOPENした、ミクニ・マルノウチにてソムリエに就任し、当時PP100点のボルドー ワインを全てオンリストするなどして話題に。そして若手ソムリエコンクール(当時25歳以下)にてファイナリストを経験。ソムリエとして更なる飛躍を目指し、当時パリ一つ星「STELLA MARIS」 の吉野建氏が東京にOPENした「tateru yoshino」のソムリエに就任。 現在は、信濃屋のワインバイヤーとして、ソムリエとしての経験と世界11ヶ国のワイン生産地を訪れた現地での情報を基に、ビギナーからプロフェッショナルまで楽しめるワインショップとして業界で注目され続けている。 また人と人との出会いを大切に、オン・オフのマーケットの交流とリテールに携わる人々の社会的な向上をはかり広く社会へ貢献することをモットーに日々奮闘中。

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